鶏口牛後









昨日,中3数学の授業中に「鶏口牛後」の話になった。

意味を調べると,「大きな組織に付き従って軽んぜられるよりも、

小さな組織の長となって重んぜられるほうがよいということ。」

となっている。




ほとんどの,中学生やその父兄たちはこういう考え方をしているのが現状である。

私は,この考えには疑念を持っている。

なもんだから,喉が痛くなるのも構わずに持論を語ってしまった・・・。

(ヲイヲイ,授業はどうなっとんねん)




具体的に考えて,この金武地区で受験できる学校は(モチロン公立で)

トップが「修猷館」,

次に「城南」,「筑前」,「西陵」,「講倫館」,「福岡女子」,

「玄洋」,「早良」・・・と続く。

塾に通う生徒が目指すのは4~6番手くらいまで。

その後は,言っては失礼だが塾で勉強しなくとも合格はその気になれば可能。




で,一番多く耳にするのは「修猷でビリより,城南でトップを取る方が良い」

という意見である。



修猷館という高校は他の高校と気質が異なり,「不羈(き)独立」

という独特の理念のもと,4月入学と同時に先輩からのシゴキ(?)で始まり,

その後は自由な学校生活を送ることになる。

まぁ,前身が藩校であったことが原因かも知れないが・・・・。



とにかく,他の学校では中学校の延長のような指導を受けるのに対して,

異質であることは間違いない。

定員四百名に対し,受験者は毎年ほぼ二倍弱。

余程の自信がなけりゃ

滑り止めの私立に甘んじることに・・・。

となれば,無理して受験するより,

二番手校の公立高校を受験する方がマシ・・・となるのも頷ける。

で,「鶏口牛後」なのである。



しかし,

「修猷館を卒業した」という事実は

福岡では ひとつのステータスであり,

その後の人生であらゆる場面に付いて回る。



ならば,

人生最初の大きな挑戦を,戦う前から

諦めてしまうのは

何とも口惜しくはないのか・・?



修猷館は公立高校であるが故に

入試問題は他の公立高校と同一である。

また,出題傾向が例年固定化しているため,

準備がやり易い。

此処が大事なところであるが,

準備さえ間違えなければ,

合格点を取るのは不可能ではない。




だからこそ,

受験申込の最終締切である一週間前までは

修猷を目指して努力する意味があると思う。

力が及ばなければ,



直前で受験校を変更しても良いではないか。

勿論,そこまで充分頑張ったという

自己診断のできることが条件ではあるけど。




最初から

ランクを落として準備すれば

必ず手抜きになり,直前で

更にランクを落とすことになりかねない・・。



否,

殆どの場合そうなるであろう。





で,やっと昨日の話に戻るのだか




修猷に合格しさえすれば,

ビリだろうと何だろうと,

とにかく卒業までこぎつければ,

その間は苦しい日々であろうが,

「修猷館高校卒業」というステータスがついてまわる。



「鶏口牛後」を引用すると,

高校三年間の過ごし方に重きをおいた考えになるかと思う。

無理をせずに 充実した高校生活を送る・・・

などと,一見まともそうな考えであるが,

そういう高校生活を送れるのなら,

何故,今そういう生活を送らないのか?

今やれないことが,

高校生になれば実行出来るのか?

これが,私の疑問なのだ。

(というより断言できる。)

今 実行に移せないものが,

高校生になればやれるようになるわけがない!

私は こう考えるから,

「鶏口牛後」等と言われても

眼前の案件から逃げているようにしか思われない。

こういう輩は,きっと その後も同様の行動を繰り返す。

(親はそう考えたくないらしいが・・・)


口先だけで,真実めいた嘘を吐くより

たった今 実証することの方が

何倍も説得力がある。



十数年前,

私の授業を受けた女の子の父親は「私立に進学させるつもりはない」と,

滑り止めを受けさせず,

地区トップ校のみを娘に受験させた。

残念ながら,その年は不合格になったものの

一年後に,見事 雪辱を晴らしたのである。



この経験が この娘の人生で大きな力になることを

信じて疑わないのだ。わたしは。




ということで,E.ラボで

受験準備をして

最高の宝を手に入れて欲しいものだ(^◇^)

おしまい



m(_ _)m
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by kanatakelabo | 2011-06-28 00:06 | 受験

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